20061019org00m200091000p_size6.jpg
 六本木のシネコンに硫黄島二部作となるクリント・イーストウッド『父親たちの星条旗』を観に行く。
 イーストウッドは批判を聞いたことがないほどシネフィルに評判の高い作家だけれども、今回もまったく裏切らなかったです。
 こんな‘戦争映画’を初めて観ました。ひたすら怖かった。砲撃がきて泥砂が降り視界はきかない、いつ撃たれるのか、どこから狙われるのか、わからないが、進まねばならない。その怖さが常につきまとう。
 観ていてこちらまで不安で怖かった。こんなにリアリティを覚えるような戦争(に関わる人びと)の表象があったのか。よく「人を殺したかどうかも覚えていないなんてありえない」というような形で、元兵士を詰問する報道なりなんなりがあるけれども、大概そんなとき元兵士は「味方しか見えなかった」「銃は撃ったがよくわからない」と答えたりする。その感覚が、ほんとうによくわかった。
 殺す、とか、敵をやっつける、ということもわからないまま、怖くて怖くて仕方がなく、弾が来る方向に撃つ、それだけなのだ。はじめて「やられるまえにやる」という感覚がほんとうにわかりました。
 国家という大きな力によって、よくわからないまま戦地に行き、よくわからないまま上陸し、よくわからないまま味方も敵も関係なくひとが死にゆくさまを見、前に進まなければいけない。
 現在、過去、大過去の時間軸が、戦場での閃光によるフラッシュバックというかなりクラシックな形でかなり入り乱れるけれども、その教科書的なクラシックさがまったくひっかからない。
 戦争に行く→ひとを殺す/仲間も死ぬ→トラウマになる、という構図を、よくある戦争ドラマでは簡単に描いてしまうが、その過程を実際に共有させられる、という感じか。
 今回の映画では、アイラという人物がとても重要なロールだった。彼はネイティヴ・アメリカン(作品内では「インディアン」と一貫していわれる)としてのアイデンティティを背負い、一方で差別されながらも自分を迫害してきたアメリカ自身をもヒーローとして背負わされていく。その苦悩がこの映画の変奏として、突出させないように配慮されながらも丁寧に描かれる。
 わたしはあまり本や映画で泣きませんが、数年ぶりに映画館で涙を流しました。ともに観たS×MOくんも泣いたと言っていたので、わたしが感じやすかったわけではないはず。アイラの何重にも背負った苦悩と、その苦悩からぐずぐずに崩れて最後には犬死にしてしまう姿は、相当に胸に響いた。
 それから、ラストシーン。いままでで観た映画のうち、5本の指に入るほど、あまりに映画的な、美しいシーンでした。ちょっと、うーん、言葉を失いました。あれはうまい、すごい。
 S×MOくんとも言い合ったのだけれど、イーストウッドはもう「THE・映画」だ。俳優として出た、たとえば「ダーティー・ハリー」などの70年代だとかの、クラシックなにおいがシーンやカットに散りばめられている感覚があり、それはなぜかと話が盛り上がりました。
 見せ場の作り方、と言えばいいのか、力点の作り方、撮り方、というのが、ほんとうに絶妙。下手な監督なら、仲間の首が飛んでその首が衛生兵、と呼んだ(と思しき)場面をもっと長く撮ってしまったりして、この2時間強の時間のバランスを無駄にしてしまうと思う。あるいは、死んだ仲間の父親へ、ほんとうはあそこにいたのはあなたの息子だ、とアイクが伝えにいくとき、台詞をしゃべらせ、カメラを寄せてふたりを抱き合わせたりしてしまうだろう。それをせずに、引いたカメラで握手するシーンを入れ、踵を返してまた長い距離を歩いて帰るアイクの背中を撮って、ナレーションであっさり終わらせるそのうまさ。彼はその括弧付きの「映画」というものを感覚で知っているのでしょう。まさに「THE・映画」。
 第二部は来月公開。この一本でも十分にほんとうに中立的に描いているけれど、日本側からも撮るイーストウッドの誠実さが裏目に出ないといいな、と思う。つまり、異国の人間が撮るということをインテリな彼が意識しすぎて、よくある日本の戦争ドラマにならなければいいな、という不安が少ししました。杞憂かなあ。
 ただ、予告篇でジャニーズの二宮和也を使っていることを知って、S×MOくんと「ナイス・キャスト!」と意見が合う。渡辺謙とか獅子堂は、まあ仕方ないのかな、という感じなのだけれど。
 二宮和也は、初期のオダギリジョーをもう少し甘く煮え切らなくした具合ながら芯の強さも感じられて、アイドルなのに陰がある表情がいい。バラエティーでも決してはしゃがず笑わず、内面は複雑な人なのかな、と以前思ったことがありました。S×MOくんと「将来、いい役者としてやっていけそうだよね」とお酒を飲みながら語りました。

 * * *

 この映画なら、何回観てもいい、というものがあります。確実にこの作品もその一本になりました。観るのは怖いし、つらいし、苦しいけれど、でもほんとうにいい作品。周りのシネフィル諸氏がどういうか、ちょっと聞いてみたいです。