31338815.jpg
 あの日あなたは恋人とのデートの時間を忘れてしまってその喫茶店に四時間もいたんだわ。本当の約束は午後三時だったのに午前十一時からその店にいて八杯のコーヒーを飲み、五つのドーナツを食べ三九本のタバコを吸っていた。私は私で自分の恋人の顔をうっかり忘れちゃってて、約束のテーブルに座ってたあなたに「あーら、早いじゃない」なんて言うなり腕をつかんでバーゲン会場までつれてっちゃってさ。〔……〕
 さっき少しけんかしたとき、あなたが怒って、一瞬部屋の外出てっちゃったでしょう? わたし、ごめんなさい言い過ぎちゃったごめんなさいって悲しかった。でももっと怖かったのはあなたが帰ってこなかったら、もうあなたを探せないってこと。あなたのこと大好きだけど、あなたの顔、忘れちゃってるの。そして、そのことで少しほっとしている自分に気がついたのよ。
 君と初めて逢った日のことを覚えているよ。〔……〕愛する人を待機する苦痛とケツの痛みと退屈さでとても惨めな気持ちだった。だんだん誰を、なにを待っているのか分からなくなっていて、怒りと困惑と不安による頭痛と吐気で何度も気絶しかけた。……ぼくは不在から死へ移行する。今やあのひとは(そしてぼくは)死亡したに等しい。喪の爆発だ。店の人々を見渡すと人々はお喋りし、冗談を言い、静かに本を読んでいる。彼らは誰一人待っていない!!
 ぼくは孤独に叫びそうになった
 そのとき君が現れたんだよ。〔……〕
 いま目の前にいる君は、気取り屋の貧弱なアニメの鳥みたいだ。落ちつきなく首をぐらぐらぐるぐるさせてさ。笑えるよ。滑稽だね。泣いているの? 悲劇の女優さん。ぼくは泣けないね。むしろ笑っちゃうよ。拙い芝居だね。ばかばかしい。このタバコを一本吸ったらぼくは帰るよ。そしたら君はそれこそ平和になるでしょう。

t_bokutati_p01_r.jpg    

t_bokutati_p02_l.jpg